2017年11月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30    

最近のコメント

なんでもない日バンザイなつぶやき

Twitter
無料ブログはココログ

« 日野巡り~新選組のふるさと聖地巡礼 | トップページ | 「薄桜鬼随想録」 »

皆川博子「花闇」

移ろう退廃的な美しさを描かせたら右に出る者のいない皆川先生の時代小説。
本作のテーマは絶世の美貌と才気、そして妖艶極まる廃美で絶大な人気を
博しながら、病で四肢を切断しても舞台に立ち続けた、三代目澤村田之助。
彼の壮絶な人生を、弟子の役者であり付き人として彼に従い続けた市川三すじの
視点で描く。

江戸から明治へ時代が動く中で、死と性、濡れ場と責め場と殺し場といった過激な
一面を持つ歌舞伎が、田之助の死とともに、市川團十郎らが明治政府と共に進め
行く高尚で上品な演劇に塗り替えられていく。
まさしく、幕末の腐爛極まる江戸歌舞伎の最期に咲き、明治には生きられなかった
花であろう田之助の、芸にかける執念が凄まじい。
両足を失った田之助が更に手の指の痛みを感じたその瞬間の、信じられない
幽鬼でも見たような表情を見て、唐突に「ざまあみろ」という言葉が浮かんで
しまう三すじ。熱の薄い三すじが+の感情にしろ-の感情にしろ、突き動かされる
のは、いつだって田之助なんだな。

三すじもそうだけど、田之助もまたそして人々の憧憬を集め華やぐ芝居の絢爛
豪華な世界に魅せられ、芝居の世界でしか生きられない人間。その田之助が
周りの助けを得て四肢を失ってでも舞台立ち続ける姿は、前半の高慢でだから
こそ清々しく輝く田之助を知っているからこそ読んでて痛々しい。体が不自由で
あっても気だけは張って卑屈ではなかった彼が、遂に心折れてしまう瞬間が
辛い。
ただ、終章で現在の三すじが出会う田之助を騙る偽物の芸の先に、田之助が
執念をかけた残したものが受け継がれていくという希望が最後に残るのが救いかな。

« 日野巡り~新選組のふるさと聖地巡礼 | トップページ | 「薄桜鬼随想録」 »

書籍・雑誌」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/101100/65509011

この記事へのトラックバック一覧です: 皆川博子「花闇」:

« 日野巡り~新選組のふるさと聖地巡礼 | トップページ | 「薄桜鬼随想録」 »

最近のトラックバック